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■ クリスタルディスクの開発経緯
現在のメモリーテック岐阜工場が旧サンヨー・マービックだった時代に、光ディスクのピックアップ検査用として、ガラスのテストディスクを作っていました。CDやDVDを再生するピックアップを検査するので、基板は、フラットなものでなければならず、ガラスはその点が非常に適していたのです。
当初は、ガラス基板上へのピット形成にソニー製の機械を使い、スタンパーに、Photo Polymer(2P)樹脂を塗布し、その上にガラスを置いて、その上からゴムロールで2P樹脂を拡散させてUV照射して硬化させた後、スタンパーとガラス基板を手で剥がしていました。一番苦労した点は、ガラスもスタンパーも硬い物なので、硬い物同士を張り合わせて、それをお互い損傷なく剥がすのは至難の技でした。

従って、一日に10枚程度しか作る事が出来ず、まだまだビジネスにはならない状況でした。
そこで、量産性を向上させるために自動機を作る事になり、担当者が集まって「わいわい、がやがや」で基本構造を設計し、機械メーカーに作成してもらいました。その後、数回改造を繰り返し、やっとほぼ満足できるまでになりました。自動機の完成で、量産性は、約10倍になり、8時間作業で100枚製造する事が出来る様になりました。次は、歩留まり(※)です。歩留まりが上がると言う事は、製品のばらつきが少なく、ディスクを再生した時の電気特性を向上させ均一にする事ができ品質が飛躍的に向上しました。

※歩留まり:生産した製品の全数量の中に占める、所定の性能を発揮する「良品」の比率を示す

■ CDやHQCDとの違い
CDやHQCDはインジェクション成形だけど、クリスタルディスクは2P成形。(後ほど詳細説明)これが一番の違いです。しかも基盤がフラット。 さらに、温度・湿度に強いという点がどのような利点になるかというと、夏の暑い時も冬の寒い時も再生状態は一緒ということ。半永久的に保持できるかというと、今のCDに比べるとずっと耐久性はあります。何年持つかというと…誰もそこまでまだ生きていないからわからない。(笑)CDは初期に生産された物のほんの一部に、反射膜のアルミが劣化してしまうという症例はありますが、初期のものでも今でもちゃんとしている。CDが誕生して25年位たちますが、今もちゃんとしているのだから、クリスタルディスクは、そういう意味でCDよりは確実に長く保持できるといえます。



―2P成形法―
最初は、従来のソニーが作ったロールコーター方式(スタンパーに樹脂を流して、上にガラスを置いて、その上からゴムロールで樹脂を広げる)でした。でも、そうすると樹脂が当然波打ったようになってしまった。今回はスタンパーの上に樹脂をのせて、上にガラスを置いて、遠心力で樹脂を均等に広げる方法を採用しました。もともとこの2P法というのはCDが誕生する前のLDの時代からありました。余談ですが、約30年前にイギリスのマンチェスターから、車で1,2時間程北東に行ったところにブラックバーンと言う町がありPHILIPS社の電球工場があって、その一角で2P成形でLDを作っているのを見学した事があります。 その2P法の良い点は、例えば金属源盤(スタンパー)にピットが記録されている凹凸があるところに水をたらしたら、ピットの隅々まで、隙間無く水が入ります。それで、その水が固まったとしたら、ほぼ完全に転写したと言えるでしょう。ところが、インジェクション方式は、スタンパーに粘度のある溶けたポリカーボ樹脂を流して、冷却後取り出すので、ピットの隅々まで樹脂が回らない。この違いが、音質の差としてあらわれる原因の一つであると考えています。そして、インジェクションで作るよりも特性がいいものを、と考えた時に2P法に行き着いたわけです。転写率をデータで出す際に、技術的に2P法で作った物の、ある電気特性を測定し、それを100とし、インジェクションで作った物のある電気特性を測定しそれと比べて転写率と称した事がありました。2P法はピットの転写性がよいということが数値で実証できたのです。しかし、弱点は、インジェクション方式と比較し量産性については勝てないのが現状です。 昔、CDよりも先に誕生した30センチ盤のLDがありました。実は時々ガラスでも作っていたんですよ。LDはPMMAと言う柔らかい樹脂を使っていました。ポリカに比べて吸湿し易く長時間プレーヤーにかけているとディスクがぐにゃぐにゃになってしまう。そうすると1日に何度もかける様な博物館などの展示用には向かなかったのです。そういった1、2枚だけ欲しいというお客さん向けに、ガラス基板に2P成形で作っていたんです。

―品質・音質への技術側面からのこだわり―
より良い音を探して、メモリーテック内で「音質委員会」というのを作って、皆で研究してきました。そのいろいろな模索の中で、クリスタルディスクの特徴となる基軸を選んできたのです。 ひとつは2P法によって、スタンパーからの転写性を上げる。もうひとつは、やはりガラスは複屈折がないから、光は位相が乱れることなく、そのままかえってくる。そのようなことが合わさって良い音になる。だが、データに表そうと色々試みたがとても難しい。必ずしもデータ上の結果だけをみて、音質が向上したとは言い切れない部分もある。やはり音楽は、最終的には人の感覚で感じるものですから。 また、どうして今回、反射膜に金を使ったかというと、アルミ、銀、金の3つの金属でためしたところ金がマスターにより近いことが分かった。ただし金や銀の本当のよさを引き出すためにはそれなりのノウハウも必要である。ただ単に「金だから、銀をだから」音がよくなるということでは無いという事が分かりました。やはりその良さや特性を引き出す技術があっての金や銀、ということです。金や銀は、プラズマ共鳴(※)という、効果があり、それを参考にしました。 また、再生環境に関してなのですが、もちろん、重量その他の条件もCDの規格は全て満たしています。ただ、パソコンに搭載しているドライブの設計基準がどうなっているか分かりかねる部分があります。クリスタルディスクを折角聞くなら、できれば普通のCDプレーヤーで再生するのをお勧めします。これまでのCDとの、違いを感じてほしいですしね。

※プラズマ共鳴:金属ナノ粒子、特に銀や金の粒子はプラズマ共鳴によって光と強く相互作用する。近年これを応用へ繋げる研究が盛んに行なわ れており、プラズモニクスと呼ばれるようになってきた。

■ クリスタルディスクへ期待していること
現時点ではCDということであれば、クリスタルディスクは最高位のものだといえます。
ガラスに保護膜をつけていてコーティングをしていますが、この保護膜をもっと強いものに変える開発を今現在進めています。それなら、ほぼ半永久的に保存できる。技術的にもう一歩完璧になるように今トライしています。ガラス製CD-ROMにしてデータも蓄えられるので、官庁の公文書などのアーカイブ的な保管に活用してもらえるでしょう。
そして、何より、数ある名曲、名演奏を収めていきたい。今心配な点として、マグネットテープで保存されている音源がそろそろ劣化してくる時期に入っている。これをできるだけ早い段階で最高のメディアであるクリスタル

ディスクに移し変えられたら、世界の音楽の遺産を保護できるのではないかと思うのです。そして、やはり保存しただけでは意味が無いわけで、基本的にはたくさんの人に聴いてもらいたい。その為には値段の問題もありますが、量産性があがれば値段も下がってくると思う。現段階で、値段が高い根拠は材料コストやインジェクション方式と比較してまだまだ量産性が良くない事がネックになっていますが、我々も色々研究をして生産性を向上させているので、できるだけ早い時点でそのようになればいいなと思っています。
レコード会社から預かったマスターに極力近づけた音を届け、その「感動」を届けるということが、我々の使命。今のところこのクリスタルディスクが現時点での究極じゃないかなと思います。

東 良次 (メモリーテック 取締役 常務執行役員 技術統括)
1973年パイオニア(株)入社、当時の音響研究所にて集積回路化の為のアクティブフィルターの研究開発を皮切りに、ドルビー回路のIC化やテープデッキ用のオペアンプのIC開発に携わる。アクティブフィルターの応用として、スピーカーの周波数特性を測定し、その遅延時間が一定となるような位相器を設計・試作して音質を評価。その際にオーディオに関する技術にも携わった。その後、レーザーディスク(Laser Disc:LD)の開発プロジェクトに参画。当初LDは映像と2チャンネルのアナログオーディオの構成であったが、CDフォーマットをLDの低い帯域に重畳出来る仕組みを開発、特許を取得して「LD ディジタル」を商品化し量産導入を行なった。LD、CD、DVD、HD DVDそして現行のBDと、全てのレコーデッドメディアの開発に携わった稀有な経歴を持つ。